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  • Noriyuki Koike

Lombardia 〜Vol.8〜


【ミラノ編、最終話】

果たして、ここまで随分長々と退屈な話を書き綴ってきてしまったが、様々な角度や視点から考察した「Coteletta alla milenese ミラノ風(式)コトレッタ」と「Costoletta alla milanese ミラノ風(式)コストレッタ」、この料理にまつわる誇らしい物語だと思っていただければ、と願う。

それぞれの諸説の妙に真実味のある説得力にこれだけ考えさせられるのだから、まさに「迷宮」か「環の端、無きが如し」の物語、すなわち「堂々巡り」の言葉の意味はそこにある。


ラデツキーと彼の軍隊の往来から勃発した「伝えたのか」「伝えられたのか」。どちらが元祖であるのかの優位性論争は、諸説を総合的に捉えて考察してみると、残念ながら元も子もないが、ミラノvsウィーン、双方の主張はそれぞれ確証のない空論にもなってしまうだろう。だが、仮にいつかどちらかに決着をつける投票があるすれば、イタリア信望者である筆者は確実に、そして力強くミラノに1票を投じることは言うまでも無い。

だがこの戦いはいかにもいい意味で曖昧な伝統料理の〝諸説有り“ 〝逸話“ であるという事の美学であり、実に良くそれを表現しているものだ、と常々感じて来た。

見方を変えればコトレッタ、コストレッタという一つの料理を題材にして切り込んだだけでも、このミラノとロンバルディアという土地が持つ深い歴史と背景がこれだけ垣間見えてくる。

ウィーンとオーストリアからすれば同じ事が言える。

だからこそ、ミラノでもウィーンでもこの料理を愛する者達がその深遠や真理を追い続けているのだろう。

それ故に今更何をもって筆者が語る事もないが、ミラノとそこに生まれ育った人々にとってこの料理はまさにこの地を象徴的する一皿、〝誇り”〝魂″ と言って間違い無し、と確信している。


だが、そうは言っても筆者自身は実際にミラノの人間とウィーンの人間がその舌戦を繰り広げている場面に出くわした経験はないので、いつかぜひ、答えの無い熱い戦いの様を目の当たりに出来るその時を願わずにいられない。

コトレッタ、コストレッタにおけるこの先の定義や流儀の在り方の行く末は、今後も注視しつけなければならない喜悦として自身も作り続けて行こうと思う。

ここでまた懲りずに余談をいくつか続けてしまうが、〝パン粉を使う″ という今でこそ誰も不思議に思わないイタリア料理のごく当たり前の基本的な手法はどこかの時代(現時点では確実に12世紀よりも前)を境に残ったパンも無駄にせず使うという、人々の厳しい生活事情から自然発生的に生み出されたのでは無かろうか?? 、と。

この場合においては伝統料理=貧しい人々の料理、の図式は自ずと成立する考えられ、おそらくだが間違いでは無いと思う。

だが、それに反して神聖ローマから自治権を勝ち取った当時のミラノを含むロンバルディア同盟の躍進は貴族や商人達に富を与え、続くミラノ公国の繁栄は既に論じた通りだ。


文献には庶民はその時代から手の届かない階層の人間達の富の象徴である〝金色” を羨み、焼き揚がった肉のパン粉の黄金色をそれに見立てた、とも説かれてもいる。 事実、上流階層には富の証として金箔を料理に散らすという贅沢な行為があったそうである。

15世紀頃のヴェネツィア共和国でも料理に金箔を使う贅沢を禁止した記述も確認されており、やはりそれにとり変わってパン粉が美しく焼き上がった料理の色を金色に見立てていたとも説かれていたりもする。


ミラノに戻るが、まさにその流れを象徴したもう一つの皿、その鮮やかな黄色い色彩を黄金に見立てらたミラノ名物、〝Risotto allo zafferano サフランのリゾット“ と立ち位置を同じくする捉え方に気がつくだろう。マルケージ氏が世界に送り出したそれには鮮やかに輝く金箔が優雅に載せられていた。

実に奥深い。

ちなみに、ラデツキー行進曲にも触れた勢いでもう一つ。

先に触れたオスマン帝国(現トルコ)。 16、17世紀、ハプスブルク家の神聖ローマ帝国との戦いにおいてオスマン帝国によって二度に渡って行なわれた「ウィーン包囲」という出来事がある。急激に勢力を増すオスマン帝国は小アジアからバルカン半島を北上し、遂にはウィーンへと迫った。

この戦いの際、迫り来るオスマン軍へのウィーンの人々の恐怖と、その反面、未知なる文化との接触は社会的にはある種のブーム、オスマン文化の大流行をもたらした。そのオスマン軍が奏でる軍隊行進曲「メフテル」を元にしたとされるのが、この少し後、18世紀に現れる2人の天才モーツァルトと、ベートーヴェンによってそれぞれ作曲された今も誰しもが一度は耳にした事があるであろう2つの「トルコ行進曲」。2人がそれぞれに手掛けた曲は二度のウィーン包囲を機に湧き起こった時代の世相を表現したものだった。

この元となったメフテルなどの軍楽を演奏する音楽隊が用いた太鼓やシンバルがその後オーケストラの中に組み込まれた形で現在に至るとされ、トルコ行進曲、ラデツキーが行進曲と共に、この一連の激動の社会情勢は料理や音楽、絵画など様々な文化面にも反映、投影され、現在に生きる我々にもその当時の様相を活き活きと伝えてくれている。

そしてこれもまた皆の知る「Fratelli d’Italia イタリアの友人(同胞)」とも「Inno di Mameli マメーリの賛歌」とも呼ばれるの現在のイタリア共和国国歌や、第二の国歌とも言われる作曲家ヴェルディの代表作「Nabucco ナブッコ」、概論にも登場した「La Battaglia di Legnano レニャーノの戦い」が生み出された背景。 また、あのカルボナーラの語源の一つの俗説とされる政治結社カルボナーリ党の運動(残念ながらそこに直結する裏付けや信憑性には欠けているが)など、名高い史実の舞台はまさにこの時代。

ローマ帝国崩壊後、実に、本当に実に長い時代、教皇と皇帝の対立や小国家の乱立、列強大国の干渉などに翻弄され続け統合や分裂、対立を繰り返してきたイタリア半島は、遂に〝イタリア人による一つの国家″ という壮大な夢、すなわち後に誕生する「イタリア王国」の建国へと向かう。イタリア人としての誇りを歌に込めて突き進んだ〝イタリア統一運動(戦争)″ とはとてつなく熱く深い感情が巨大なうねりとなって押し寄せたこの時代の出来事であった。

イタリアの原書の料理本などの題目にも多い「′700」「′800 」などの表現は文字通り「1700年代 〜18世紀〜」「1800年代 〜19世紀〜」、という意味を表しており、そこから二度の世界大戦を経て、戦後の奇跡の復興を遂げたイタリアだ。いわゆる近代であるここま述べてきた時代が、いかに現代に直結しているかがお分かりいただけるかと思う。

料理という概念は色々だと思う。さらにそこから厳密には伝統料理や郷土料理という概念。

料理とは人間が食すものである以上、そこには必ず人間が生きてきた生活があり、その証、足跡である。その意味で、これらはもちろん食べ物ではあるが、それを越えた時代時代の写し鏡なのだと思う。「伝統料理」「郷土料理」とはよく耳にする言葉ではあるが、その連綿と受け継がれてきたものが料理という一つの形となった、文字通り〝食べる文化″、すなわち「食文化」であり、Vol.7でも述べたように「食べる歴史の記録」なのである。

また逆に言えば現在においては一皿の料理がこの先の未来へどう伝わっていくのか、それを示す現在進行形の指標でもあるのだ。

決してここまで平坦な道のりでは無かったイタリア(もちろんイタリアだけでは無いが)の愛すべき伝統料理、郷土料理達は現役の語り部としてそれを我々に語りかけてくれている。


また、この表現は筆者が時折用いる表現なのだが、結局のところそれこそ漫画か映画のような時空を自由に行き来できる乗り物でも発明されなければ過去の中で一つ何か新しい料理が生み出されたその瞬間に立ち会う事、確認する事はできない。また、未来の姿を目にする事もできない。だからこそ今、この瞬間にあるものに真摯に向き合い、考え、その料理が何者であるのか、語りかけてくる言葉に耳を傾ける。それがまさに伝統料理、郷土料理が持つ過去から未来も含めた歴史浪漫の魅力だと信じて疑わない。

伝統料理や郷土料理はとかく古びたもの、時代にそぐわないもの、と軽んじられる事が多い。だが、我々は「イタリアの料理を作る者」→「イタリア料理人」である。

技術や味も魅せ方もそしてもちろん商売や経営も大切だが、何よりもまずイタリア料理人として「イタリア料理」という深い言葉の意味と真正面から向き合う事、周囲からは煙たがられるのは致し方無しだが、筆者個人はこの考えを決して見失わない様にしている。

さて、キリが無いのでこの辺りでまとめよう。

コトレッタ、コストレッタというたった一皿の料理の話から、ミラノという街とロンバルディアという地方が背負ってきた歴史の深さと食文化との密接な関係性、そしてロンバルディアという一つの地方の料理の大きな〝骨格” が垣間見える事に心からの敬意を払わずにはいられない。

また、ここまでもちろん史実に基づいてはいるものの、多くはあくまで「筆者の頭の中」での歴史浪漫譚に散々脱線、拡張してしまい申し訳なく感じるところであるが、少しでもそう言った〝何か″ を感じていただければ、と願う。

近年であるが2008年、これまでの様々な研究の末、ミラノの街を挙げて宣言したDe.Co(Denominazione Comunale→ 直訳では〝市町村の呼称” であるが、この場合の意味合いとしては 〝正当な我が街のもの” という意味とするべきか)の称号を与えられた一皿、それが「Costletta alla milanese ミラノ風(式)コストレッタ」。

この愛すべき料理にここまでお付き合いいただけた方がには心からに感謝の気持ちをこの場を借りて申し上げたい。

オッソブーコや他の素晴らしきミラノ料理、パネットーネなどにも切り込んでいきたいところだが、キリがなくなる上、これ以上はもう有り難迷惑なほど満腹ではなかろうかと思う。

次はエリアを変えてまたロンバルディアを別の切り口でもう少し肩の力を抜きながら触れて行くつもりだ。

ロンバルディア、懲りずにもう少し続く。

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