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  • Noriyuki Koike

Lombardia 〜Vol.5〜


写真

左下の内訳

・左上:Orecchia d’ elefante 〝象の耳″

・左下:精神が受けつがれたGualtiero Marchesi(Ristorante)の現在の一皿

・右上:Trattoria al Nuovo Macello の 〝叩かない″ 手法

・右下: Antica Trattoria Della Pesa の古き良きスタイル

右下 : Hostaria er Campidojo 𠮷川シェフの一皿(写真はCapitolino時代)

※写真はまた手持ちが無い為、インターネットからの流用を含む為、権利などに触れる場合にはお申し出ください(速やかに削除いたします)


【解析コストレッタ】

さて、肝心のミラノのコストレッタ。〝薄く叩いた” という言葉の響きからやはりしっかり叩かれてかなり薄くなっている様を想像しがちであろう事だが、意外かもしれないが実際にはそうでは無い。 勘違いされてしまいそうだが、コストレッタは言うなれば〝薄くない” という逆説に立って解析してみよう。

一般的なイメージの様な薄く大きくなるまで叩いて延ばすという発想はこの料理が生まれたその当時、先の12世紀の話からも推測すると、おそらくはまだ発案されていなかったであろうし、はたまた仮に発案されていたとしても広くは受け入れられず極地的にその場でのみ瞬間的に施されたが、定着するまでには至らず流れてしまった可能性など、陽の目を浴びる後世まで時を待つ事になったのか、それとも叩く際、肋骨が邪魔で骨の際まで薄く叩けずに諦めてしまったのか、など仮説を立てれば色々、その真相を究明する事は新たな文献や物的証拠でも出現しなければ些か困難ではある。

だがイタリア料理において〝切る” よりもむしろ重要な〝叩く” と言う作業はそもそも肉を薄くするための目的なのではなく、当然硬い繊維を柔らかくほぐす為の意味を持つ(一部の薄くしなければいけない料理は別として)。

叩きすぎてしまったものは細胞までが壊れて肉の食感や水分が失われやすく、味を損なってしまうゆえ、単純だがその技術や技量の差が仕上がりに大きく影響する。


特に昔からミラノで食されているブリアンツァ地方の仔牛は他の品種に比べて大腿部が大きいとされているそうだ。大腿部は可食部が多くそれゆえ値段も比較的懐に優しい為、食される機会も必然的に多くなる。いかにコストレッタの本拠地ミラノのおいても骨付きロースでは無い部位のコトレッタの方が実質的には今も昔も一般的ではあると思う。コストレッタは骨付きロースの中でも肩寄り7本(人や地方によっては6本取りも)、すなわちリブロースの部分のみがそれにあたり、当然一頭から最高でも左右の対で14本しか取ることができない。そのようなわずかにしか取れないコストレッタは繰り返すがやはり希少な部位である事から高価なものとなる。

そして全体的に良く動かす筋肉質な部位なのが大腿肉である為、柔らかいロースの部分よりも叩く作業の意味が問われる。

〝薄く叩いた” の言葉やイメージはそうしたレシピからだけではわからない背景が見え隠れしてくる。逆にやはり言わば高級部位となるコストレッタは伝統的な真のミラノ料理ではありつつも多くの家庭でよく食される料理とは一線を画す、リストランテやトラットリアでの醍醐味、と言う側面も見えて来るものだ。


また、コストレッタは首や肩に近い方か鞍下肉に近い方を使うかで、繊維や筋、膜、脂の付き方、加熱の際の縮み具合、などなど個体でも違うので一概にただ叩けばいいと言うものではない。鮮度も極めて重要な要素で、パン粉の乗りや焼き上がりの状態など、鮮度の下降気味のものでは肉自体が持つ仔牛らしいで粘り気も落ち、細胞の劣化からドリップや、乾燥などもで水分が放出されたりと諸々うまくいかなくなってくる。かつて冷蔵庫の無かった時代の事を考えると、この料理に限らず昔の人々の知恵や工夫には感嘆しか無い。


こうした様々な諸条件と、1番には肉の状態を踏まえ、どこをどれくらい適切に叩くべきか

を施し、その上でパン粉を纏わせるための目的がこのコストレッタを叩く場合においては最も重要な作業と考えれば、自ずと導き出される〝叩く” 作業での答えは また少々ややこしくて恐縮だが、「肉の細胞を壊さず繊維が良くほぐれた状態での食感や水分を保った適切な厚さ」を確保した「薄さ」となり、パン粉を纏った後の結果、伝統的なコストレッタの厚み(薄さ)は肉がついている肋骨の太さと同じくらいに仕上がる(留まる)、となるのだ。

だか、決してそこは〝仕上げ(留め)なくてはいけない” などと言う厳密なものでは無く、必要な事を必要なだけ施した必然性を伴った結果だったのであろう。

そうして準備の整ったコストレッタはそうしてバターで優しくじっくりと黄金色に焼き上がり、パン粉の中の肉は柔らかくロゼ色に仕上がる。


さらには、近年であるが肉自体をもはや叩かず、切り分けたコストレッタの厚みそのままでパン粉を纏わせて調理したまさに〝厚い“ いや、もはや〝分厚い” ものが本来あるべきコストレッタである、という説も急速に注目を集めており、新たな潮流として着実に定着してきている事もあり、実際ミラノ自体でも益々混迷した様相となっているようでもある。だがそれぞれにその特徴が活き、結果として大きな概念としてミラノのコストレッタとして皆が受け入れている土壌は素晴らしいものだと思う。


先にVol.1の写真内でも登場した偉大な料理人マルケージ氏。80年代、イタリアで初めてミシュラン三ツ星を獲得する快挙を成し遂げた氏の料理は〝Nuova Cucina ヌオーヴァ クチーナ”、直訳すれば〝新しい料理” と呼ばれ当時の最先端であった。イタリア料理を牽引し、瞬く間に世界的なものへと押し上げた多大な原動力となったことは30年以上も前である事を思わせない程、今も尚、人々の記憶に残る業績である。その〝新しさ” とは、これまでの伝統的なミラノ料理を深い洞察力と緻密な計算によって〝新たな解釈” の元に組み直して行く手法であり、氏が世に送り出した一皿は分厚いコストレッタを更に小さく四角く切り分け、それぞれを一口大で、かつ分厚さがもたらす美しいロゼ色のコトレッタとして仕上げ、元の形に寄せる、という斬新なものであったそうだ(筆者は残念ながら実物を食する機会を得られなかったが)。

お気付きの方も多いと思うが、こうした手法はその後の90年代から高級リストランテの主流となり〝Cucina rinnovativa クリーナ リンノヴァティーヴァ” や 〝Cucina Rivisitata クチーナ リヴィジタータ” とも呼ばれ、2000年代を迎える頃には一世を風靡するものとなった。 もちろんそれはこのコトレッタの話だけでは無いのだが、イタリア各地で各々の伝統料理をベースとして料理人の感性や当時の潮流スペインやフランスからの最新の手法、技術、機材をを駆使し融合した〝再解釈、新解釈、分解再構築” の料理が隆盛となるのだが、そこにはまさに「礎」たる氏の存在無くしては有りあえなかったことだろう。

そうした流れは現在にも活き付き、料理人達の自由な表現でコストレッタ、コトレッタ楽しませてくれる機会が実に増えたと思う。

それだけミラノの人々にとってのコストレッタ、コトレッタの立ち位置がご理解いただけると思う。


ここでまた余談だが、コストレッタもコトレッタもパン粉を纏わせて形を整えた後、加熱に入る前の最終的な〝小粋” な施しとして包丁の背などで格子状の飾り模様を付ける伝統的な手法がある。その焼き上がりの美しい格子模様は古き良き往年のエレガンスであり、きっとかつてのミラノのリストランテやトラットリアでは当時のイタリア統一運動に向けて、志しを持った思想家や政治家達がそんなコストレッタやコトレッタを食しながら政治論議を大いに交わしていた事なのだろう、と勝手に想像してしまうところだ。

⭐︎一連の肉の叩き方や最終的な薄さや焼き上がりの度合い、バターの使い方などそうした判断は作る人によって千差万別でもあり、あくまでコストレッタ、コトレッタというか料理の概念として捉えていただきたい⭐︎

ロンバルディア、続く。

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