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Domenica delle palme



前回にも書いた事だが、復活祭が執り行われる直前1週間は「Settimana santa 聖週間」とされ、日曜日の復活祭と同じくその前の日曜日に定められた祝祭日「Domenica delle palme ドメニカ デッレ パルメ」からそれが始まる。


「パルメ」が日本語で意味するものは「棕櫚(しゅろ) 〜椰子(ヤシ)の木〜」である。


調べてみるとこの祝祭日は日本では「棕櫚の主日」「棕櫚の日」「棕櫚の木(枝)の聖日」あるいは「枝の主日」、などなどとキリスト教も会派などによってその呼び方には微妙に違いはあるようだ。


復活祭を前にしたこの日はその名が示す通り、「椰子の枝」を持って親しい人間達とお互いに枝を交換したりなどしながらお祝いをする祝祭日で、具体的な意味は人々が「椰子の枝」を道に敷き詰め、あるいは手に持ってエルサレムへと入城してゆくキリストの一行を盛大に祝福した事に由来するものだ。


この「エルサレム入城」とは「四旬節」の由来である40日間のキリストの彷徨の後、この場合実際には数々の「奇跡」を起こし、各地の民衆へ神の教えを説いてまわった最後の行脚の事になるのだが、現在のイスラエル北部にある「ガリラヤ湖」での宣教を終え、いよいよ聖地エルサレムに入るまさにその様子を表したもの。


ガリラヤ湖畔とは、キリストの母「マリア」の故郷〝ナザレ” も近く、後にキリストと弟子である「十二使徒」との出会いの中心となった重要な場所であるのだが、この湖は別名「ティベリアス湖」とも呼ばれ、その湖畔の街は「ティベリア」。その時代のローマ皇帝、初代アウグストゥスの子であり第二代皇帝であるティベリウス帝の名を冠している事からローマ帝国が世界へと勢力を拡大していった足跡を如実に表す一つの形であり、歴史上アウグストゥス帝とティベリウス帝はまさに「紀元前」と「紀元」を跨いだ重要な人物だ。


この時代、イスラエルと聖都エルサレムは太古に繁栄を極めたダヴィデ王、ソロモン王時代の面影も無く、その後の数百年の間、分裂や、〝バビロン捕囚″ など様々な要因で衰退。

ユダヤ教の世界も当然その影響を受け、いわゆる〝寛容“ なローマの属州支配の下、これまでの世界観は崩れてしまっていた。 ユダヤ教指導者達も一部の有力な商人達やローマ側と癒着し、富や権力に溺れ腐敗、荒廃してしまっていたとされている。


そうした悪政や重税に苦しむ民衆は長らく〝新たな救世主の出現″ 古い預言を、信じ願うようになっていた。


そんな世情の中、かの「受胎告知」を受けエルサレム郊外のベツレヘムの家畜小屋で生まれたキリストは「東方の三博士」の物語からも分かるように「神の子」「救世主」の誕生として信じられ、実際少年の頃からその片鱗を大いに感じさせる事象が数多く挙げられている。


30歳を迎える頃、それまで人々から救いの拠り所とされていた「ヨハネ」と出会い〝洗礼″ を受け、自らの教えこそが神の教えとして自らの運命を受け入れたキリストは、衰退したユダヤ教世界を救うべく各地での宣教に身を捧げていく事となる。


そうして救世主として名声を高め、人々の信望を一身に集めてゆくキリスト。

いよいよ聖都エルサレムへ。

それが「エルサレム入城」であり「Domenica delle palme 棕櫚の主日」の概要だ。


参考写真のオリーブの枝。

この祝祭日、実はこの出来事と同じように椰子の枝でお祝いをしようとしても、キリスト教はキリストの昇天後、弟子(使徒)達によって世界各地に広まっていくことになるのだが、その先にはもちろん椰子の木の無い、あるいは育たない寒い土地も当然にあった。そこで、その土地ごとにこの枝の祝祭は必ずしも椰子ではなく、その土地の木の枝でお祝いする風習となっていったものを表している。


自分の話をここで書くのは些か気が引けるが、私自身、毎年この日が来ると、イタリアでの修行が始まり、初めてのこの「Domenica delle palme」を経験した時の事を思い出す。

日曜日の朝、いつもどおりお店に行くとイタリア人の仲間達が次々とオリーブの枝を持ってきては「Auguri ! おめでとう」と言ってくれる事に、最初は〝一体何の事だろう?」とその状況が分からずにいたものだった。もちろん、後にその意味を知るのだが、イタリアに渡って初めて経験したと言っても過言でなかった大きな宗教的な行事であった。


1週間後にはさらに大きな行事が来る事になるではあったが。


私の最初の修行先は南イタリア、プーリア州。この地はイタリアでも最大の生産量を誇るオリーブオイルの一大産地。身近にある木の枝が椰子の枝にとって変わってそうなっている事は明白であろう。


ある意味、その柔軟さによってキリスト教が今日のように世界中で受け入れられた一つの大きな要素でもあると言える。


もっとも、この後オリーブも復活祭への布石として大きな意味を持ってくるので、これもまた感慨深い一面だ。



12. Aprile. 2020.

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